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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)3022号 判決 1965年2月25日

控訴人(原告)

朴夢竜

代理人

坂東克彦

被控訴人(被告)

白井岩次郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録記載の建物につき新潟地方法務局昭和三六年八月四日受付第一三、一〇三号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求める旨申し立て、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実および法律上の主張、証拠の提出、援用および認否≪省略≫

理由

別紙目録記載の建物につき、新潟地方法務局昭和三六年八月四日受付第一三、一〇三号をもつて同年六月一四日付売買を登記原因とする控訴人から被控訴人への所有権移転登記がなされていること、そして、右登記が経由された事情は、次のとおりであつたこと、すなわち、本件建物の敷地一五坪は、被控訴人の所有であり、訴外山下才一がこれを賃借し、そこに本件建物を所有していたところ、同訴外人は、被控訴人の承諾を得ることなく右敷地賃借権を右建物と共に控訴人に譲渡した、そこで、被控訴人は、控訴人を相手どり新潟簡易裁判所へ右建物収去、右敷地明渡請求の訴訟(同庁昭和三三年(ハ)第四〇三号事件)を提起したところ、控訴人より昭和三三年一一月二一日、借地法第一〇条に基く右建物買取請求権の行使があつたで、同簡易裁判所は、昭和三四年五月一五日控訴人に対し、被控訴人より買取代金三〇万円の支払を受けるのと引換に右建物と敷地の明渡を命ずる旨の判決をした、この判決に対して控訴人より控訴したが、昭和三六年五月一〇日休止満了によつて控訴の取下とみなされ、右判決は、確定した、そこで、被控訴人は、同年六月一四日右判決に執行文の付与を受け(右判決の確定と執行文付与の事実は、当審被控訴本人尋問の結果と弁論の全趣旨によつて認める。)、これに基き、同年八月四日被控訴人の単独申請により本件所有権移転登記を経由したものである、以上の事実については、当事者間に争いがない。

ところで、控訴人は、右登記は、登記原因(昭和三六年六月一四日付売買)を欠く無効な登記であると主張する。しかし、前記のように、本件建物については、控訴人が昭和三三年一一月二一日買取請求権を行使した結果、その所有権が控訴人より被控訴人に移転したものであるから、右登記が、登記原因を欠くものということはできない。もつとも、厳密には、権利変動の日付と態様につき登記と現実との間に、そごがあるといえないことはないが、その権利変動が真実に合致する以上、その登記をもつて無効のものということはできない。よつて、控訴人の右主張は、採用できない。

次に、控訴人は、被控訴人が前記のごとく建物の明渡を命じたにすぎない判決に基き、単独申請した結果なされた本件登記は、控訴人の登記申請意思を無視した無効の登記であると主張する。そこで考えるに、不動産登は登記権利者および登記義務者の双方の申請によつてなされるのを原則とし、登記義務者の意思を無視し登記権利者のみの申請によつて登記されるのは、判決による場合だけである。そして、ここにいう判決とは、異説がないわけではないが登記を命ずる給付判決をいい、それ以外の判決を含まないと解すべきである。しかるに、被控訴人は右のように、控訴人に対し建物の明渡を命じたにすぎない判決にもとづき、単独で本件建物につき所有権移転の登記申請をし、その結果本件の登記がなされたものであつて、その登記は控訴人の意思を全く無視してなされたものであるから、その手続の違法たることは正に控訴人主張のとおりである。しかし、かくしてなされた登記に登記としての効力があるかどうかは、また、おのずから別個に考察されなければならない。登記はいやしくも現在の権利状態を公示するかぎり、できるだけその効力を認めることが、取引の安全保護の立場から妥当とされるからである。ところで、登記義務者の意思によらない登記が違法とされるゆえんは、これを適法としては登記義務者の利益を害するほか第三者の権利を害することがあるからである。すなわち、登記義務者がいまだ反対給付の履行を受けないのに、登記権利者のみの意思によつて登記されては登記義務者の利益を害し、また、第三者も登記請求権を有する場合に一方の登記権利者のみの意思による登記に登記としての効力を肯定されては他方の登記権利者がいわれなく自己の登記請求権を失うのである。それ故に、登記権利者のみの意思による登記も、登記義務者がすでに反対給付の履行を受けて同時履行の抗弁権を失い、かつ、右の登記当時他に目的不動産の帰属につき利害関係を有する第三者が存在しない場合には、その登記の手続上のかしはともかく、これに登記としての効力を認めうるのではないかと考えられないことはない。かりに、かかる見解をとりえないとしても、少くともかか場合には、登記義務者はその登記の抹消登記を請求する利益を有しないものと解さなければならない。この場合、登記義務者はいずれにせよ即時登記すべき義務を負い登記権利者のみによる登記を違法として抹消しえたとしても、しよせんはふたたび登記しなければならず、しかもその登記の抹消につき利害関係をもつ第三者が存在しないからである。このことは、特に、登記権利者が登記義務者の登記抹消請求に対し反訴として登記請求の訴を提起した場合を考えれば明らかであろう。両訴ともこれを認容する結果は、たんに登記簿の記載を複雑にするだけで実益はない。のみならず、かかる登記を違法として抹消すべきものとするときは、その登記に依存した爾後の権利関係はすべて覆滅され、取引の安全保護の立場からその弊に堪えないものがあろう。しかも、その抹消により登記義務者は何らうるところがないのである。それ故に、かかる登記も、抹消の許されるのは、登記義務者にその利益があるかその登記当時すでに利害関係を有する第三者が存在する場合に限られると解するを至当と考える。

本件につき検討するに、<証拠>を総合すれば、被控訴人は、前記引換給付の判決が確定したので、その後間もない昭和三六年五月中旬ころと同年六月初旬ころの二回、右買取代金三〇万円に相当する額面の第四銀行船場町支店振出にかかる小切手一通を持参して控訴人宅へ赴き、これをその都度提供して、控訴人に対し、受領と引換に明渡と登記義務を履行するように求めたが、いずれも拒まれたままに終つたこと、ところが、控訴人は、その後の同年六月二〇日、本件建物につき訴外株式会社新潟相互銀行のため元本極度額金五〇万円を被担保債権とする根抵当権設定登記を経由したので、これを知つた被控訴人は、その不法をなじり、控訴人に右登記を抹消するように求めたが、拒絶されたこと、そこで、被控訴人は、司法書士に相談したところ、前記確定判決によつて単独で登記申請をすることができるとのことだつたので、同人に右申請手続を依頼し、本件建物の所有権移転登記を経由したことが認められ、前掲各本人尋問の結果中、右認定にそわない部分は採用し難い。そして、その後、更に被控訴人がその主張のように代金三〇万円を供託したことは、控訴人の認めるところである。ところで、右のように、被控訴人は、小切手を持参して提供したのであるが、その小切手は、第四銀行船場町支店振出にかかるものであつたから、特段の事情がない限り、一般取引の慣習上現金と同様に取り扱われるものというべきところ、右特段の事情については、これを認めるに足りる証拠がないから、右小切手による提供は、債務の本旨に従う履行の提供と認めるのが相当であり、したがつて、その受領拒絶後に、被控訴人がした供託も適法であるというべく、ここに被控訴人は、右代金債務を免れ、控訴人の前記同時履行の抗弁権も消滅に帰したものである。しかも、本件登記当時、他に本件建物の帰属につき利害関係を有する第三者が存在したことを認めるに足る証拠は存しない。そうとすれば、控訴人は、本件登記の抹消を求めるにつき法律上の利益を有するものではないから、前段説示の理由によつて、右登記の抹消を求める権利を有しないというべきである。

よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は、結局相当であるから、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のように判決する。(裁判長裁判官長谷部茂吉 裁判官浅賀栄 佐藤那夫)

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